お 手 伝 い - 1

 なにかっていうと
長男だから、年長だからって
なんでも 手伝わされる。
買い物や、届けものは当然として
大変だったのは、小1の頃の
妹の子守り
重いし、あばれるし、カッコ悪いし・・・
みんなと遊べない。
用水の橋の上で転んでしまって

妹にケガさせた時は ひどく叱られた。
 

お 手 伝 い - 2

 玄関前で、魚を七輪で焼いたり
なんかもさせられる。
イワシかサンマだったけど・・・・
シッポ以外、骨までみ-んな食べるから
ゴミなんか出なかった。

  ちり箱 って書いてあるのは
 チリ しか出なかったからかな?
 生活が、少しづつ豊かになるにつれ
 護美箱ゴミ箱 になり
 箱はどんどん 大きくなっていく。
 

お 手 伝 い - 3

 お米とか、味噌とか
お向かいさんや、お隣さんに借りにいく。

カーチャンは恥ずかしいからって
いっつもボクに 言いつけるけど
ボクだって、恥ずかしい。
お金も借りにいかされてたような
気がする・・・・
 

お 手 伝 い - 4

 ちょっと気分のイイのは まき割り
かまど に くべるのに
丁度いい大きさに、
ナタで割る。
エイ!ヤッ!と
剣豪の気分でナタを振り下す。
ガス炊飯器が、家に来るまで続いた。

あんなに切れるナタ
よく子供にやらせていたもんだ。

 最初のころ、カーチャンは洗濯しながら
マキ割りを見ててくれていた。
当時の洗濯は、タライの中で洗濯板でゴシゴシ・・・

湯沸かし器も無く
寒い季節は大変だったと思う。


お 手 伝 い - 5

 働き者だったカーチャンは
夜遅くまで、赤ちゃん用ニットに

刺繍やビーズを編み込む
内職もしていて
小5から、中学の初め頃まで
日課のように
手伝っていた。
 暑い夏が
一番、忙しい。
ボウズ頭が、刺繍をしている姿なんて
カッコイイわけが無く
人に見られるのが、すっごくイヤだった。
カーチャンは、こめかみに頭痛膏を貼って
頑張っていたけど
トーチャンは絶対に手伝わない。

昭和の子供たち・やよい町15番地